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2006年5月23日 (火)

国際人になれるかな

前回、ドイツと日本との学校の違いについて少し触れました。
日本のルールと他国のルールとではこんなに違うのかーと少しびっくりしましたが、家庭の中でも、育った環境が違うといろいろ食い違うこともあって大変なのでしょうね。

小学校の授業でも世界のいろいろな国について学んでいます。
日本に来ている留学生を招いてそれぞれの出身国について教えてもらっていたようです。
それを踏まえた子ども達の国別クイズはとてもおもしろいものでした。
大人の私でも知らない事実がたくさんありました。子ども達も、世界にはいろいろな国があり、いろいろな文化や慣習があることを知ったことでしょう。

国際化が叫ばれている昨今、(ごく身近なところの自と他との違いだけでなく)もっと大局的な自と他との違いをしっかりと認識することはとても大切なことなのですから…。

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2006年5月13日 (土)

「なぜ」って大切

先日、私のブログにコメントをして下さった方がいました。その方の言われることを読んでいて、思い出したことがあります。

数ヶ月前の子どもの学校の保護者会でのことです。その頃、子ども達の間で学校に飴などのちょっとしたおやつを持ってくることが流行っていたそうです。
もらったらお返しをしなくてはならないとの生真面目な気持ちもあって、割と多くの子ども達が、持ってきたことがあったそうです。
その中で、お母さんが日本人で、お父さんがドイツの方の家庭では、なぜ学校におやつを持ってきてはいけないのか、お父さんには理解してもらえなかったそうです。ドイツでは、学校で過ごす時間が長く、おやつが出るのが当然だったそうです。
そのため、そのお母さんは担任の先生に「どうしてなのか夫に説明するためにも教えてほしい。」と質問されました。その時の先生の答えが「日本の学校では、学校にはおやつを持ってきてはいけないからです。」でした。
確かにルールとして、日本の学校では学校はおやつを持ってくるところではありません。確かにその通りなのです。が、ではなぜドイツの学校ではよくて、日本の学校ではいけないのでしょうか。習慣が違うと言ってしまえば、反論の仕様のないことですが、その一言だけで片づけてしまっては何か物足りない気がします。
どのような理由付けであれ、論理的なものであれば納得はできるはずです。

やはり、「なぜ」「だから」はきちんと考えるべきことだと思います。
理解ができれば、受け入れることは簡単なことなのですから。

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2006年5月10日 (水)

格差社会

小泉政権では、格差社会が大きくクローズアップされてきました。小泉さんは「格差があってなぜ悪い」というような発言をされたようです。

確かに、格差のない社会はあり得ないと思います。格差のない社会が理想だとは思いますが、実際実行することは不可能に近いのでしょう(共産主義も衰退の一途をたどっているようですし…)。たくさんいる人間はひとりひとり違うのですから、みんな一緒というのは無理なのでしょう。

でも、今の日本は格差が拡大している社会だと思います。「勝ち組」「負け組」などという言葉が流行っているのもそれを表しています。
格差が拡大しているということは、「一部の人は高所得で、どんどん豊かな生活をしている。反対に、一部の人は生活保護を受けている。また、生活保護を受けている人が増えている。」ということです。

格差があるのは当然ですが、その格差はなるべく小さい方が生きやすい社会だと思うのですが…。誰にとっても…。

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